膵臓がんは、その発見の難しさや進行の速さから、治療が非常に難しいがんの一つとされています。特に、がん細胞が体の他の部分に広がる「転移」が起こると、さらに治療は困難になります。そんな膵臓がんの転移に対し、驚くべき方法で挑む研究が進められています。それは、特定の細菌に放射性物質を搭載し、がん細胞を狙い撃ちするという画期的な治療法です。
膵臓がん治療の現状と課題
がんによる死亡原因の上位に位置する膵臓がんは、自覚症状が出にくく、早期発見が難しいことで知られています。そのため、発見された時にはすでにがんが進行し、他の臓器へ転移しているケースも少なくありません。転移したがん細胞は体のあちこちに散らばるため、手術での完全な切除が難しく、従来の化学療法や放射線療法だけでは十分な効果が得られにくいという課題があります。このため、転移したがんに対する、より効果的で新しい治療法の開発が強く求められています。
がん細胞を狙う「リステリア菌」
この新しい治療法の主役となるのは、「リステリア・モノサイトゲネス」という種類の細菌です。
このリステリア菌には、ある特別な能力があります。それは、健康な細胞にはほとんど影響を与えず、がん細胞にだけ選択的に感染し、その中で増殖するという特性です。研究者たちはこの特性に注目し、リステリア菌が持つ「がん細胞を見つけ出す」能力を、がん治療に応用できないかと考えました。
放射性物質を搭載した「ミサイル菌」
アメリカのアルバートアインシュタイン医科大学の研究チームは、このリステリア菌を、がん細胞を破壊するための「運び屋」として利用することを考案しました。具体的には、リステリア菌に「放射性レニウム188」という放射性物質を搭載します。放射性レニウム188は、細胞のDNAにダメージを与える放射線を放出する能力を持っています。つまり、がん細胞に選択的に感染するリステリア菌が、この放射性物質をがん細胞の内部まで運び込み、その場所で放射線を放出してがん細胞を直接破壊するという仕組みです。これは、体内から放射線で治療を行う「体内被曝療法」の一種と言えます。
マウス実験で示された効果
免疫学者であるクラウディア・グレイヴカンプ博士と核医学研究者のエカテリーナ・ダダチョーヴァ博士が率いる研究チームは、この新しい治療法を高度に転移した膵臓がんのマウスモデルでテストしました。
その結果、放射性レニウム188を搭載したリステリア菌を定期的に投与されたマウスでは、転移したがん細胞の数が、何も投与しなかったマウスと比較して約90%も減少したことが確認されました。さらに、このリステリア菌は、転移したがんの部位ではよく増殖するものの、がんが最初に発生した「原発巣」や、脾臓のような健康な正常組織ではほとんど増殖しないことが分かりました。このことは、リステリア菌ががん細胞を正確に狙い、健康な組織への影響を最小限に抑えながら、体中に散らばった転移したがんへ治療薬を届けるのに適している可能性を示しています。
今後の展望と課題
この研究は、難治性の膵臓がん、特に転移したがんに対する新たな治療の選択肢となる大きな期待を抱かせます。しかし、人への応用には、さらなる研究と検証が必要です。特に、治療の効果と、それに伴う副作用とのバランス、そして安全性の確保が重要な課題となります。
Tumors Fall to Radioactive Bacteria
もしこの治療法が実用化されれば、現在多くの患者さんが苦しむ膵臓がん、特に転移に苦しむ患者さんの命を救い、生活の質を向上させる画期的な手段となるでしょう。医学の進歩が、未来を大きく変える可能性を秘めています。