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なぜ現在の人間社会は弱者を抹殺しないのか?

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Yahoo知恵袋で問われた質問へのベストアンサーが素晴らしいので紹介。

自然の摂理は頭では理解していても、言葉にするのはとても難しいものです。

このベストアンサーは教科書に記載されていそうな、専門家を思わせる回答です。

◯ 質問内容 ◯

弱者を抹殺する。

不謹慎な質問ですが、疑問に思ったのでお答え頂ければと思います。

自然界では弱肉強食という単語通り、弱い者が強い者に捕食される。

でも人間の社会では何故それが行われないのでしょうか?

文明が開かれた頃は、種族同士の争いが行われ、弱い者は殺されて行きました。

ですが、今日の社会では弱者を税金だのなんだので、生かしてます。

優れた遺伝子が生き残るのが自然の摂理ではないのですか。

今の人間社会は理に適ってないのではないでしょうか。

人権などの話を出すのは今回はお控え頂ければと思います。

◯ この質問に対してのベストアンサー ◯

よくある勘違いなんですが、自然界は「弱肉強食」ではありません。

弱いからといって喰われるとは限らないし、強いからといって喰えるとも限りません。

虎は兎より掛け値なしに強いですが、兎は世界中で繁栄し、虎は絶滅の危機に瀕しています。

自然界の掟は、個体レベルでは「全肉全食」で、種レベルでは「適者生存」です。

個体レベルでは、最終的に全ての個体が「喰われ」ます。

全ての個体は、多少の寿命の差こそあれ必ず死にます。

個体間の寿命の違いは、自然界全体で観れば意味はありません。

ある犬が2年生き、別の犬が10年生きたとしても、それに大した違いは無くどちらでもいいことです。

種レベルでは「適者生存」です。

この言葉は誤解されて広まってますが、決して「弱肉強食」の意味ではありません。

「強い者」が残るのではなく、「適した者」が残るんです。

(残るというのは「個体が生き延びる」という意味で無く、「遺伝子が次世代に受け継がれる」の意味)

そして自然というものの特徴は、「無限と言っていいほどの環境適応のやり方がある」ということです。

必ずしも活発なものが残るとは限らず、

ナマケモノや深海生物のように極端に代謝を落とした生存戦略もあります。

多産なもの少産なもの、速いもの遅いもの、強いもの弱いもの、大きいもの小さいもの・・・

あらゆる形態の生物が存在することは、「適応」してさえいれば、強い弱いは関係無いんです。

そして「適者生存」の意味が、「個体が生き延びる」という意味で無く、

遺伝子が次世代に受け継がれる」の意味である以上、特定の個体が外敵に喰われても関係ないのです。

・10年生き延びて子を1匹しか生まなかった個体
・1年しか生きられなかったが子を10匹生んだ個体

これを比較すると後者の方がより「適者」として「生存」したことになります。

「生存」が「子孫を残すこと」であり、「適応」の仕方が無数に可能性のあるものである以上、

どのように「適応」するかはその生物の生存戦略次第ということになります。

人間の生存戦略は「社会性」

高度で機能的な社会を作り、その互助作用をもって個体を保護すること。

個別的には、長期の生存が不可能な個体を生存させることで、子孫繁栄の可能性を最大化するという戦略。

・どれだけの個体が生き延びられるか?
・どの程度の弱者を生かすことが出来るか?

これはその社会の持つ力に比例します。

人類は文明を発展させることで、過去に生かすことが出来なかった個体も救えるようになりました。

生物の生存戦略としては大成功でしょう。

生物が子孫を増やすのは本源的なものであり、そのこと自体の価値を問うてもそれは無意味です。

「こんなに数を増やす必要があるのか?」という疑問は、自然界に立脚して論ずる限り意味を成しません。

「優秀な遺伝子」ってものは無いんです。

あるのは「ある特定の環境において有効であるかもしれない遺伝子」です。

遺伝子によって発現されるどういう形質が、どういう環境で生存に有利に働くかは計算不可能です。

例えば現代社会で「障害」とみなされる形質も、将来は「有効な形質」になるかもしれません。

だからできる限り多くのパターンの形質的イレギュラーを抱えておく方が、生存戦略上の保険となります。

「生まれつき目が見えないことが、どういう状況で有利になるのか?」という質問をしないでくださいね。

それこそ誰にも読めないことなんです。

自然とは、無数の可能性の塊であって、全てを計算しきるのは神ならぬ人間には不可能です。

アマゾンのジャングルに一人で放置されて生き延びられる現代人はいませんよね?

ということは、社会というものが無い自然状態に置かれるなら、人間は全員「弱者」ということです。

その弱者たちが集まって、出来るだけ多くの弱者を生かすようにしたのが人間の生存戦略なんです。

だから社会科学では、「闘争」も「協働」も人間社会の構成要素ですが、

どちらがより「人間社会」の本質かといえば「協働」であると答えるんです。

「闘争」がどれほど活発化しようが、最後は「協働」しないと人間は生き延びられないのです。

我々全員が「弱者」であり、「弱者」を生かすのがホモ・サピエンスの生存戦略だということです。

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